緒方貞子に学ぶ「前例踏襲」の打破
先月発売の文藝春秋は「代表的日本人100人」との特集を展開しています。
うちの87歳の母親が面白いと連発。
とりわけ緒方貞子さんに関する文章が気に入ったそうです。
筆者は、ジャーナリストの国谷裕子さん。
緒方さんのエピソードは私もかつて原稿に書いたこともあり、
興味深く再読しました。緒方さんの旦那様が、私が担当していた日銀の
理事を務めていたこともあり、直接的な面識はありませんが、
なんだか、遠いようで、近い方でした。
高岡を再興するためにも、貴重なヒントがありました。
緒方さんの最大の特徴は前例踏襲に捕らわれないことです。
緒方さんが国連難民高等弁務官に就任(1991年1月1日)した直後、
湾岸戦争が起こりました。
緒方さんは前例にとらわれない行動を決断しました。
イランやトルコに大量のクルド人難民がいました。
国境を越えられなかったのです。
難民条約では、国境を越えていない人は難民とは定義されず、
支援することはできませんでした。
しかし、緒方さんは「人の命を守ることが最優先」と、緒方さんは支援に踏み切ったのです。
こうした緒方さんの行動は、次第に世界から信頼を得たのです。
また、ユーゴスラビアの民族紛争でも、前例を守りませんでした。
停戦合意がなく、救援物資をどう届けるのか。
緒方さんが頼ったのは、国連保護軍です。
国連保護軍のもと、大規模な空輸に踏み切ったのです。
これは人道支援としては異例中の異例です。
人道活動にかかわる人の中では、
軍との協力を嫌う人も多かったのです。
そんな抵抗勢力がいたにもかかわらず、実行。
「私は人権屋ではなく、リアリスト」と緒方さんが言っていたそうです。
私は高岡市含めて自治体や企業改革も同じだと思います。
前例にとらわれないリアリスト。
緒方貞子のような思いで、仕事をしたいと思います。